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円形脱毛症にはいろいろな種類があります。汎発性円形脱毛症などでも身体中の毛が抜けてしまうという症状を起こしますが、悪性円形脱毛症でも同じことが起こります。悪性円形脱毛症は、自己免疫疾患のひとつという考え方があるようで、ぜんそくや花粉症、アトピーなどと同じように脱毛という症状が起こります。重症な花粉症の人にはよくわかっていただけるかと思いますが、花粉症が重症になると、いくら薬を飲んでもくしゃみ、鼻水、目の痒みは治まりませんよね。それと同じで、悪性円形脱毛症の場合、いくら治療をしてもその効果がなかなか現れません。そのため、症状を軽減するためにステロイド剤を投与したりしますが、完治というところまで持っていくのはとても難しいものです。
悪性円形脱毛症は治りにくいです。幼少期に発症した悪性円形脱毛症が、成人になった今でも完治していないというケースは珍しくありません。そのため、治療を受けることはもちろん大切ですが、それ以上に悪性円形脱毛症とどう付き合っていくかを考えていくことの方が大切になってきます。
悪性円形脱毛症。悪性という文字がついていることから、命にかかわる病気かと思ってしまいますが、そんなことはありません。原疾患がある場合などは別ですが、そうでなければ悪性円形脱毛症で命を落とすことはありません。そうなんです。死にはしない病気なんです。どんなに治療を受けても治らなかったりするのですが、治らないことによって死ぬことはないのです。そのため、悪性円形脱毛症にかかっている人の考え方ひとつでどうにでもなるものです。「花粉症だから外には出られない」と嘆いて部屋でじっとしているか「花粉症だけど天気がいいから遊びに出かける」と家を飛び出すか。同じ花粉症でも考え方の違いだけで日々を楽しむことは可能です。悪性円形脱毛症も同じだと思いますよ。
余命を宣言された人や、障害を背負って生きていくことになった人たちの気持ちというのは、ある段階にわかれると言われます。その段階というのは、「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」というものです。余命や障害と悪性円形脱毛症は大きく違うものですので、本来ならば同じように捉えることは間違っているのかもしれませんが、わたしは同じであると感じます。自分が悪性円形脱毛症になってしまったとき、ショックを受けます。そしてそんな状況を認めたくない、そう思うはずです。しばらくすると、どうして自分だけがこんな目に合わなければいけないのか?という気持ちが起こり、周囲にその怒りをぶつけてしまうこともあるでしょう。怒っても仕方ない、そう思えるようになってくると「神様!今度のサッカーの練習試合の選手には選ばれなくてもいいから、円形脱毛症を治してください」というような神頼みをしてしまったり…それでもどうにもならないことを知って「もう駄目だ、人生お先真っ暗だ」などと悲しみに打ちひしがれます。何もする気が起きなくて抑うつ状態になってしまいます。しかし、人間と言うものはうまくできているんです。もう駄目だ、と思った後にはそんな自分を受け入れようという気持ちが湧き起こってきます。余命を宣告された人が、残りの人生を楽しもう!と思い笑顔で日々を過ごせるようになるのも、このしくみのおかげのようです。悪性円形脱毛症も辛いことだとは思いますが、いつか乗り越えることができるはずです。そして、乗り越えられた後というのは、清々しく楽しい日々が待っていると思いますよ。
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